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業務上横領とは?弁護士がわかりやすく解説!

1 はじめに

みなさん,「紙の月」という映画をご存じですか?

周囲から信頼を集めていた兼業主婦が,巨額の横領事件を生じさせる様を生々しく描いた作品です。

「なぜ,この人が?」というニュースを目にすることもありますが,このドラマもそれに近いものになっています。きっかけは顧客の預金にふと手を出したこと。最初は,「1万円を借りただけ」でしたが,それから主人公の人生と金銭感覚が狂い始めます。大きな事件も,きっかけは,ちょっとしたことなのです。そして,主人公がこのような行動に走った背景には,職場での信頼とは裏腹に,満たされない私生活がありました。横領は複合的な要因により生じるものであって,「あの人なら大丈夫」という過信があると,会社にとってもその人の人生にとっても,双方に不幸な結末が生じかねません。

今回は,職場,特に金銭を扱う業務に携わる場合のリスクとしてイメージしやすいであろう,「業務上横領」についてお話してみたいと思います。

2 「横領」とは

刑法上,「横領」とは,不法領得意思, すなわち,他人の物の占有者が委託の任務に背いて,その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思の発現行為であるとされています。平たく言えば,委託されたのにその趣旨とは異なる処分をしてしまったものをいいます。お金を預かったのにネコババして使ってしまった,というのが典型でしょう。

地元豊前市でも,消防本部の約1億円の使途不明金事件や,学童保育の運営費に関する1千万円横領事件など,比較的大きな事件が起こっています。

業務上横領罪が成立すると,法定刑は10年以下の懲役となっています(刑法253条)。単純横領が5年以下の懲役となっており,業務上横領は重く見られているのがわかりますね。

両者の違いは,「業務」上の横領か否かですが,「業務」とは,社会生活上の地位に基づき,反復・継続して行われる事務をいうとされています。銀行その他の会社や官庁において,職務上金銭を保管する従業員や公務員が典型です。

量刑は,一般化はできず,事案によるとしか言えませんが,あくまで主観的・経験的な感覚として,初犯でも示談や被害弁償がない事案では,被害金額が三桁(100万円)を超える事件だと,執行猶予がつかずに一発で実刑ということもあり得るでしょう。初犯で被害金額が二桁(数十万円台)の場合は,示談や被害弁償が出来なかった場合も,執行猶予が付く可能性もあると思います。示談や被害弁償ができた事案では,財産犯は財産を守っている法律で,事後的にでも財産が回復しているということは強く考慮される情状となりますので,この点はチェックが必要です。私の経験では,2000万円近い業務上横領で,何とか全額被害弁償ができたところ,初犯ということもあり,ギリギリのところで執行猶予が付された事案があります(懲役3年以上だと執行猶予が付けられません。また,執行猶予は,5年までの期間を定めて付されます。懲役3年,執行猶予5年というのが,ギリギリのラインと言ってよいでしょう。)。

「お金をとる」というイメージでは,窃盗も同じようなところがありますが,横領と窃盗は,自己が占有しているものをとるのか,他人が占有しているものをとるのか,という違いがあります。他人の占有するものの占有をこちらに移転させてしまうのが窃盗。他人から預かって自己が占有しているものを不当に処分してしまうのが横領です。

3 横領の温床

よくあるパターンというと語弊があるかもしれませんが,横領のリスクが高いのは,集金担当者が着服して会社には未収金で報告する横領や,経理担当者による横領,店長・支店長クラスの者が会社に売上を過少申告して差額を着服するなどの横領でしょう。

この点,横領の温床になるのは,①それをする「動機」があり,②それができる「機会」があり,③自分のやっていることが許されると「正当化」されやすい状況が整っているときと言えます。たとえば,①借金返済に困っているという「動機」があり,②会社が経理担当者を信頼してその人以外に状況が分からない(経理業務の属人化)状況になっており,③すぐに補填して返せば大丈夫だろう,たいした金額でもないとか,私はこれだけ会社に貢献しているのだから,これくらい当然だろうといったような考えなどがその人によぎると,横領が発生しやすくなるという訳です。

4 横領が起こったときの事後対処(刑事)

横領が起こってしまったら。刑事的には,刑事告訴を検討することになるでしょう。しかし,一般に警察は,告訴の受領には慎重です。窓口において,「告訴要件の確認の必要があるから」「立件できるか検討の必要があるから」などといって,受領はせずに,コピーだけ受け取って,「刑事告訴を受理したわけではない」という書面にサインを求められることもしばしばです。タテマエとしては,捜査をスタートしてもらうための手続ですが,実際のところは,告訴状記載の告訴事実と添付資料(証拠)である程度起訴が見込めるぐらいのものを検討しないと,なかなか受領してもらえないということが多いのではないでしょうか。私の経験でも,容易に受け取ってもらえたことはなく,それなりに苦労して対応した経験が多いです。

5 横領が起こったときの事後対処(民事)

並行して,民事的には,債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償請求を行使することが多いでしょう。その方に資力があれば弁済してもらえるかもしれませんが(加害者においては,被害弁償しておくと,情状において強く検討してもらえる事情になります。),資力がない場合は困ってしまいます。雇用時に身元保証人になっている方がいれば,その方に話をしなければならないかもしれません(身元保証契約は,期限を定めていれば最長5年,定めがなければ3年で,また極度額を定めないといけないということになっていますので,この辺りの要件充足も確認しておかなければなりません。)。

問題が顕在化した際は,まさに専門家が対応すべき領域ということができますので,まずはご相談をいただくことをおすすめします。

6 横領を防止するには

しかし,本来は,何らの問題も起こらないのが理想です。社長が,「あいつを信じてたのに」と言っている姿を目にすることもありましたが,厳しい言い方をすれば,それをできないように仕組化をしておくのが,経営者の役割です。従業員も会社も不幸にしてしまったのが経営者ということになりかねません。お金に関する事項については,特に,きちんとした対策をとっておくべきでしょう。既に述べた不正が起こるメカニズムに照らせば,②不正ができる「機会」をつぶすためにチェック体制を構築したり,業務の属人化を避けて社内で支出をオープンにする仕組にしたり(ただし,給与は個人情報なので,これを公開することには問題があります。),事前にさまざまな手を打っておくべきです。

また,①会社は,従業員の背景(プライベート)まで含めて,何か困りごとがないか,把握したうえで,会社にできることはないか,関わり合いの内実をつくっていくべきしょう。弁護士ができることとして,EAP(従業員支援プログラム,福利厚生としての従業員のための法律相談制度)などもありますので,ぜひご検討ください。従業員の成長が会社の未来を創る。従業員のプライベートも含めた困りごとの解決が会社の生産性を決定します。

関わり合いの内実を創り,会社と従業員の強い信頼関係ができれば,③「この会社は裏切れない」と,自己正当化を許さない最後の防波堤にもなるというものでしょう。

7 おわりに ~企業に求められるコンプライアンス~

横領をめぐる問題は,いま企業に求められる「コンプライアンス」にもかかわりますので,これに触れてしめくくります。

コンプライアンスは,知識ではなく,「意識」の問題です。従業員側としては,「今やろうとしていることを,家族や子どもに説明できるか」という判断軸をもって対応すれば,犯罪者としての破滅の道を歩むことは止められるでしょう。逆に,会社の立場からすれば,そのような判断軸が浸透するように,十分な育成・研修などを執り行っていく必要もあるでしょう。特に,バリュー・マネジメント(価値観教育)が重要になってくると思います。

既に述べたとおり,物理的に横領のできない仕組化が重要ですし,横領の動機たり得る背景事情としてのお困りごとに,EAPなどの制度的な対応をするのも効果的でしょう。

弁護士の顧問サービスでは,こうした事前予防のためのシステムの構築についても一緒に考えていくことができます。こちらもぜひご活用ください。

事務所紹介

豊前総合法律事務所 

代表弁護士 西村幸太郎

当事務所では、使用者側(経営者側)の企業法務に注力して業務を行っております。労務トラブル、契約書作成・リーガルチェック、債権回収、クレーム対応、不動産に関するトラブル等でお悩みの方は、当事務所までご相談ください。

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