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能力不足・パフォーマンスが低い問題社員対応のポイント

~目次~

はじめに

私個人としては,「人を大切にする会社」の支援をしたいという思いもあり,「問題社員」という呼称に抵抗がないわけではありません。
しかし,組織の成長を阻害し,地域・社会への貢献の力を減殺してしまう社員がおられるのも事実でしょう。そういった社員の対応に頭を抱える社長様も多いです。
なかでも,難しいのが,いわゆる能力不足・パフォーマンスの低い社員への対応です。
会社としては,人手不足のなかで,育成する余裕がなく,即戦力を求める傾向にもあろうかと思います。そのため,ミスマッチ,「期待外れだった」というような場合に,問題が生じることも多いです。

今回は,能力不足・パフォーマンスが低い問題社員対応のポイントについて見ていきます。

事例検討

イメージが湧きやすいように,1つ,事例を用意してみました。

【事例】
当社では,総務部の責任者が退職することになっています。まだ20名前後の小さな会社であり,総務部が経理等も兼務している状態です。事務全般に目が行き届き,会計や給与計算なども含む経理経験があって,将来的には総務部長(経理兼任)になれるような人材を募集していました。会社規模的にも,新卒採用でイチから育てる余裕がなく,中途採用,なかでも主にハローワーク経由の募集と,リファラル採用を検討していました。そのなかで,会社が求める人物像に合致すると期待をして,ある人材を中途採用しました。
しかし,勤務を開始してみると,期待外れと言いますか,採用した社員は,経理知識も十分でなく,期限までに書類を提出しないなど,当社が想定していた人物像・能力とはかけ離れていました。
採用から8か月程度ではあるのですが,期待をかけて相応の給与を支払っていたこともあり,会社としての経済的なダメージも大きく,他の社員の士気にも悪影響を及ぼすため,当該社員を解雇せざるを得ないかなと思っています。
日本の解雇規制は厳しいと聞きましたが,解雇しても大丈夫でしょうか。
また,解雇するとしたら,どんな手続を踏む必要がありますか。

なかなかの難問ですが,一緒に考えてみましょう。

そもそも能力不足とは?

そもそも,能力不足とは,どういうことでしょうか。
労働者は,雇用契約(労働契約)に基づいて働き,会社は対価として賃金を支払います。その仕事の内容は,契約に基づいて定まるわけですが,これに応じてきちんと労働することが,法的には労働債務の提供,本旨弁済ということになるわけです。ここで,契約で想定されている能力・仕事ぶりと,実際に提供されたそれに乖離がある場合は,契約違反,債務不履行ということになるわけです。
ただし,労働契約は,比ゆ的に「無色透明」などと言われるところ,(特に新卒社員の方であれば)会社の業務命令により,どんな仕事をすればよいかという色がついていくというのが一般的であり,労働債務の内容,本旨の内容が一見して明らかでないことが多いです。
中途採用の場合も例外ではなくそのような傾向がありますし,期待した人物像があったとしても,契約の内容になるほどきちんと協議・検討・明示・明文化しているかと言われれば,そうでないことも多いため,そもそも果たすべき能力・働きぶりとはなんぞや,という難しい問題が出てきます。

一般的に,きちんと本旨の弁済がされない場合は,契約を解消するという選択肢もあるわけですが(解除・解約),雇用契約(労働契約)においては,会社が一方的に契約を解消しようとすれば,解雇の問題となります。
一般的には,能力不足の問題がある場合,普通解雇事由の該当性と検討することになろうかと思います。

そこで検討すべきは,上述のとおり,①そもそも雇用契約(労働契約)でどんな能力や働きぶりを想定し,それが契約の内容になっていたか,という観点と,②具体的に,いつどこでどんな行為によって,①の契約内容に違反したのか,という観点での検討を加えていくことになろうかと思います。

雇用した以上は責任を持つ?

本来あるべき姿としては,いったん雇用した以上は,会社側からは手を放さず,きちんと育成をして,社員の成長を通じた会社の成長を創っていく,というのが望ましい姿でしょう。
私個人としては,ぜひ,まずはそのような姿勢で,愛をもって,労働者にかかわっていくという姿勢を貫いていただきたいという気持ちがあります。
(これが,いざ解雇を検討せざるを得なくなった場合にも,結果的に,後にも記します,教育指導・改善指導の有無などといった考慮要素において,プラスの事情として検討されることになります。)

しかし,今回のように,中途採用で,もともと想定した人物像があり,相応の給与も支払っているとすれば,それに応えられない状態で働くというのは,社員側にとっても,十分に成長の機会を活かし切れていないとも思われますし,そもそも想定していた人物像とミスマッチが起こっているのだとすれば,その社員にとっても,別の道を歩む方が幸せな選択肢になるということもあるでしょう。

とはいえ,会社側からすれば,解雇が無効になったら,解雇とされていたときから今までの給与相当額を支払う必要が出てきて(バックペイ),復職もさせなければならないという結末になることもあり得ますので,解雇には慎重に検討せざるを得ないという事情があります。

難しいところですが,以下は,どんな場合に普通解雇が可能かどうかについて検討してみましょう。

普通解雇が可能かどうか
 

「能力不足」についての考え方

能力不足で解雇を検討するという場合,平均的な水準に達していないというだけでは不十分ということにまずは気を付けてください。
次に,「能力不足」といっても,具体的にどんな能力がどれくらい足りていないのか。抽象的な指摘では足りず,具体的な事実の指摘が必要とされています。

解雇回避措置(雇用維持努力)
相談者がご指摘のとおり,解雇規制は厳格です。

日本の労働法制は,従前の年功序列・終身雇用制の慣行を背景に,採用には広い裁量が認められる代わりに,解雇規制は異常に厳しく,解雇ができないために人材を適切に配置できるよう人事権については会社の広い採用を認めている,という構造になっています。

能力不足の解雇については,たとえば,

・指導・教育によっても容易に是正しがたいほどのものか,
・配置転換・降格等による雇用維持もできないのか,

といった事情も考慮することになります。

ただし,管理職や高度専門職,地位や職種を特定されて中途採用される管理職・専門従業員の場合は,もともと労働契約の内容として,相応の能力を前提にしていることが多いと思われるため,解雇回避措置(雇用維持努力)の要請は後退します。(とはいえ,ある程度の事前指導・注意,職種転換による雇用継続などの努力が全く不要というわけではないのでご注意ください。)

本件では,中途採用にあたって,地位や職種を特定して,管理職や専門従業員として働くことを前提に雇用契約(労働契約)をしているかが,ひとつのポイントになりそうです。

教育指導をする際には,目的を意識することが重要です。
あくまで,「目的は能力不足の解消にある」ということを忘れずに対応することです。
ここを崩さなければ,たとえば指導がパワハラだといわれることもなくなるでしょう。
あくまで目的に沿って,業務上必要かつ相当な範囲で対応するようになるであろうからです。
対象者に集中的に指導するだけでなく,場合により,上司の教育指導が不十分と感じられる場合は,上司側への注意指導をすることも大切と思われます。

能力不足の立証方法


能力不足の立証は,意外と難しいものです。立証の対象は,既に検討すべき2つの観点として述べたところでもありますが,端的にまとめると,
① 「会社が求める能力」
② 「労働者がその能力に達していないこと」

 です。

目標設定とフィードバック

たとえば,客観的・定量的な数値目標を設定し,フィードバックを記録していくという方法は効果的です。
新規企画を〇個以上計画立案するとか,売上〇円を達成するとか,経費削減〇円を達成するなどといった形で目標設定します。
これに対し,社員のモチベーションを高めるポジティブフィードバックとあわせて,必要に応じ,ギャップフィードバック(マイナス点についての指摘)も記録していくことになります。「〇〇にもかかわらず目標達成できなかった」「目的不達成の原因は〇〇にあった」「コミュニケーション不足で〇〇ができなかった」などの原因についての記載をするとよいかもしれません。
 
業務日誌・週報等
前述の目標設定とフィードバックもそうですが,「能力不足」というのが抽象的で見えづらい・わかりづらいものですので,「見える化」することは重要です。
日誌等に労働者における1日の仕事内容を細かく指摘をしていただき,上司が毎日コメントを返すという根気強い対応により,日々の業務対応状況と進捗状況を見える化し,証拠化することができます。

ご注意いただきたいのは,上司側の心構えです。
「何でこんなやつのために」といった後ろ向きな姿勢で取り組むと,それが記録にもあらわれてきます。あくまで部下の成長のため,部下の成長を通じた組織の成長のために,根気強く取り組んでいこうと,「この人のために」愛をもって対応することが必要です。
そうやって,愛をもって取り組んでいくと,これまでメタ認知ができていなかった社員側の方で,自分で問題を感じ取り,「これ以上迷惑は掛けられません」として,円満に退職なさるケースも散見されます。

日報に取り組む際に注意すべき点として,たとえば嫌がらせのように不必要にやり直しを命じたり,不適切な文言を利用したりといったことは控えること,またハラスメントへの注意,ハラスメントと言われた場合の対応方法などにも注意が必要と思います。
特に,1人にだけ日報を課したりすると,「パワハラだ!」と訴える社員も散見されます。しかし,業務上の指示・命令は,労働契約上当然必要なことであって,上述の嫌がらせ目的などがなければ,本人が主観的に嫌な思いをした,強制をされたと感じただけでパワハラになることはありません。線引きを理解して堂々と対応することが必要です。
根本的には,「部下のために」という愛をもって,部下の方を向いてした対応はだいたいの場合うまくいっていると思う反面,「はやくやめさせたい」といった会社側の思惑が透けて見えるような対応をしている事案ではうまくいっていないように感じています。基本的な心構えがいかに大事かということだろうと思います。

人事評価(昇給・昇格査定・賞与査定)
人事評価制度は,「会社が求める人物像の明示」「育成の設計図」という側面をもっています。能力不足を指摘するうえで重要な①「会社が求める能力」の立証でも有用です。
まずは,客観的で合理性のある評価基準を策定し,客観的で合理的な評価方法を確立し,客観的で合理的な評価を行って,これを記録していくということになろうかと思います。
社員側から,「差別的な査定だ」などと言われないよう,会社の自由裁量で評価するのではなく,ある程度基準を確立し,事前に明示し,適切に運用していくことが必要になります。
心構えとしては,「どうしてそのような評価をしたか」が逐一説明できる状態にしておき,記録しておくことになるでしょう。

小括
解雇のハードル,要件が厳しいのは事実ですが,以上のようなポイントを押さえて,きちんと能力不足の立証ができ,就業規則上の普通解雇事由の該当性を指摘して,解雇の客観的合理的な理由・社会的相当性を認めることができれば,全く不可能というわけではありません。実際に,普通解雇が有効になっている事案はあります。

中途採用(即戦力採用)者へのポイント

既に述べてきたところもありますが,本件のような中途採用(即戦力採用)者については,以下のようなところに気を付けた方がよさそうですね。
① 職位・地位を特定していることを雇用(労働)契約書等に明示
② 募集理由・必要資格等を説明(募集要項・面接等)
③ そもそも,雇用(労働)契約を修了しやすい雇用形態を選択(比較的長期間の試用期間の設定や,有期雇用契約の選択)

できるだけ解雇は避けたい…

普通解雇について検討してきましたが,できれば,会社から一方的に解雇を通告するような事態は避けたいものです。そこで,退職勧奨(事実上退職を勧めること)を検討することもあります。
 
退職勧奨については,別に記事を用意していますのでこちらを確認ください。
退職勧奨はどの様な言い方をすべき?違法にならない進め方を解説

事例の解答

事例への解答をまとめてみます。

事例では,中途採用社員に対する解雇が問題となっています。

まずは,この社員の採用が,地位や役職を特定されていたものか否か,その処遇がどのようなものか,いわゆる特別な待遇であったかなど,会社がどのような能力を求めていたかを検討する必要があります。
本件で言えば,「事務全般に目が行き届き,会計や給与計算なども含む経理経験があって,将来的には総務部長(経理兼任)になれるような人材を募集」という部分が明示されていたかどうか,「相応の給与」が地位と職責にみあった高額なものかどうかが1つのポイントだと思います。日報などに取り組んでいれば,それも資料として検討します。

次に,この社員が能力不足であり,かつその採用が地位を特定していたものと言える場合も,採用後8か月程度をもって行う解雇の有効性については,(感覚的なところも大きいですが,)難しい事案が多いかもしれません。
8か月程度ですと,人事評価をする機会がないか少ない状態であろうかと思われますので,そういう意味でも,能力不足の立証に支障が生じることもあるかもしれません。
きちんと指導・教育をして,改善を促しているのか。能力不足というどの程度の客観的証拠があるのか。少なくとも,最後通告をして,改善の機会を与えた上での解雇が必要ではないかと思われます。

解雇回避措置(雇用維持努力)をしているかどうかも確認すべきです。
必要に応じ,解雇ではなく,退職勧奨等の手段を講じるのもよいでしょう。
 

弁護士にできること

問題社員対応にはさまざまな類型があり,また本件のような能力不足・パフォーマンスの低い社員の扱いは,さまざまな検討が必要で,とても難しいものです。また,普通解雇該当性の検討は極めて法的な検討になります。
経営判断として,紛争リスクを抱えてでも,あえて解雇をするという経営者の方もおられますが,前提となる事実・状況・法律関係は正確に把握しておくべきものでしょう。
弁護士は,経営者の「本業に専念できる環境」を守るため,この難問に対し,リーガルコンサルタントとして伴走し,課題を検討していくことができます。

平時からお付き合いを重ね,問題が生じること自体を予防しながら,いざ有事の際はすぐに弁護士に依頼ができる,顧問契約がおすすめです。ぜひ1度ご検討ください。

事務所紹介

豊前総合法律事務所 

代表弁護士 西村幸太郎

当事務所では、使用者側(経営者側)の企業法務に注力して業務を行っております。労務トラブル、契約書作成・リーガルチェック、債権回収、クレーム対応、不動産に関するトラブル等でお悩みの方は、当事務所までご相談ください。

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